2013年6月7日金曜日

PR代理店 commun(コモン) と渡(わたり)というオトコ




PR代理店 commun(コモン)

 沙里の勤務先はフランスに本拠地がある外資系広告代理店。主にPRイベントを仕掛けるのが仕事。食品、アパレルを中心に、国内外のあらゆる依頼に柔軟に答えている。

 communは国内に支社展開をしているというわけではなく、一つのプロジェクト単位で、地方であれなんであれ「日本」というくくりの中でスタッフをプロジェクトチームとして派遣する。その感覚は「世界の中の”日本”のクライアントのために」である。

 一度任せてしまえばプロジェクト立案から起動までレスポンスは非常に早く、高額なコスト条件をこなせるクライアント意外の仕事は請け負わないという、ある意味でシビア、ある意味では理にかなった強気の事業展開をしていた。そのためにcommunの利益率は非常に高く、上場後の評判も非常に高い。

 しかし、日本の競合代理店からすればまさしく黒船であった。



 沙里は東京本社勤務だが、クライアントである渡健一(わたりけんいち)の指名と、入社当時から目をかけてくれた上司、竹本真司の広島勤務が重なり、三年間という約束で広島に転勤となっていた。沙里の上司である竹本にしてみれば、海外留学経験もあり、フランス語、英語が堪能で仕事が出来る彼女をチーフとして広島へ連れてくる事は何かと都合がよかったのだ。広島という世界的な目線で見ても、平和都市として魅力あるこの土地の市場を把握することが竹本にとって最大の目的。そして、竹本の仕掛けようとしていることと、渡の企業姿勢は広島の地から世界に向けた新たな海練を生み出そうとしていた。

 沙里を指名したクライアント、渡は、全国展開するウェディング・プロデュース会社「Le véritable amour(ル・ヴェリタ・ムール)」の代表取締役。

 彼こそ気取った伊達男というイメージにハマる男で、アルマーニ、パネライ、AUDI R8コンバーチブルを ”着こなし” 少しこれまでの日本人青年と違い気持ち悪いくらい成功した三十歳だった。彼はこの若さで東京都内ウェディング業界の常識をひっくり返していたのだった。

 彼のやり方はこうだ。「真実の愛を賛美してもらう、それこそが結婚式の本当の姿。あなたが招待したい人だけを招き、その人と過ごす時間に最大限の投資をする」というもの。 極端な話だが、親族はもちろん、無理をして会社の同僚を招き当たり前の披露宴をやるのではない。最高の思い出を残すためにお金をかける事、それ自体がコンセプトの中核にあった。そしてそのために従来の日本人的な感覚、付き合い、と言うものを披露宴から排除してしまったのだ。渡の考える披露宴はまさしく世界的なショービジネスだった。

 結婚する二人が、好きなアーティストのミュージックビデオに出演する。

これを実現するために、渡がとった行動はまずファンクラブを騙す事。渡はアーティストのファンサイト内で架空のウェディング・キャンペーンをはった。募集要項は1年以上先に結婚を考えているカップルである事。募る事自体は話題性があるので結婚予定のカップルは具体的な日取りが決まっていなくても応募してきた。そう、恋人どうしであればこのキャンペーンには応募できる事が最大の嘘である。

 大きな嘘はついても構わない。あとでいくらでも修正がきく。

 さて、ここからが渡の手腕だ。アーティストからしてみれば未だこの世にない半年後の新曲にこれで予約が入る。次に楽曲はすでに決定している二人のために書き下ろされるので、アーティストからすればイメージも固めやすく楽曲の制作はしやすい。

 渡の会社からしてみれば1年後に結婚を考えているカップルに対する次案件獲得が見込め、自社企業のイメージPRも同時に行える。そしてさらに、この新曲PRを成功させることで、楽曲の売上から30%を渡の企業が受け取るという契約。つまり、これにより新郎新婦の負担額は最小額で済むわけだ。

 さらにはウェディングに関するSNSを開設。FacebookやTwitterも巻き込み情報を拡散させた。恋人同士である事、それだけで結婚をイメージさせ、見知らぬ者同士が、結婚というエンタテイメントを楽しみ合うSNS。あのカップルはこんな準備をしていたという披露宴までの記録が随時投稿されて来るだけでなく、利用者同士が互いにアドバイスをしあったり、なによりマリッジブルーになった時など癒し合い、支え合うというコミュニティーが生まれるなどした。 それに、やっている事が普通ではないんだから、夢をこの中で思い切り広げてもらえば、対応できる手法を運営側である程度コントロールできるだけでなく、いざ事が進んでもすぐに動きやすい。しかも彼らはみな1年後に結婚を考えているレベル。運営側が数ヶ月先に控えた披露宴に振り回される事もないのだ。

 さらには、登録は直接会社を訪れないとできない仕組みになっており、運営側で直接面談後、個人情報をしっかりと把握した上で、審査を経て利用が開始される敷居の高さで、これを通過する事、それ事態が結納に変わる真実の愛の証明とさえ巷では騒がれるようになっていった。厳重な顧客管理体制により、別れたり、離婚したカップルはこのSNSには参加資格がなくなるため、結婚につきまとうネガティブな話は厳重に監視されていた。 その厳重さは逆説的に、ここまできて、ここに登録してまで別れる事は恥以外の何物でもないという空気を利用者全体に作り出す事にも成功していたのだった。 

 渡の感覚では、結婚をしたと言う事実を報告する場が披露宴であり、世界中から賞賛が届く方法を提供する事が最大の祝福で、このSNSを軸に、結婚のために行ったイベントを希望次第でFacebookやTwitter、YoutubeといったSNSに拡散しいわゆるSNS上のフォロワー、友達に対する祝福を募る事に成功していた。 それに関しても一方的な拡散ではなく、Twitterであれば特定のユーザーを選んでのDM(ダイレクトメール)送信。そこからのリンク先が閲覧用期間限定ページという徹底した配慮と、アイコン画像を使った画像や動画に対する顔ばれ防止のちょっとした加工など、それはそれは、これからの時代に即したサービスを提供していた。

 まるで企業の新商品発表会のごとく、ときにはTVのバラエティ番組のごとくスケールでこれらの事が展開される。当然のことながら費用はかかるが、それを支払う人がいる。つまり、ご祝儀でどうにかしようという考え方がはなから無く、掛けるべく費用をかけて、最高の思い出を作ろうと言う基本コンセプトが、うまく大衆に受け入れられる仕組みを彼は作り出してしまっていた。 

 徹底して面白い状況を提供するというのが、渡の考え方であり成功の最大の理由だった。

 裏を返せば、これにより投資金をカップルに出させ、そのレバレッジで自社が大儲けを出来るように仕組んでいるのだから恐ろしい話だが、基本理念が詐欺ではないだけに、まさにグレーゾーンの新たなるビジネスだった。

 そしてこの男、大金のかかる派手なことばかりではなく、予算十万円しか無いと言うようなカップルのためにも奔走する。ドレスにタキシードは着れなくても、最高の一枚の写真を取るすべはないものか? 両家が最高の食事をし最高の一日を十万円で提供できないか? 

 こういう事にも使命感に燃えて彼は走るのだ。そういった姿勢は当然のごとく、口コミが広がる結果を招き、メディアも不況下に現れた、幸せを招く天使のごとく取り上げた。

 渡は言う「財布を持たずに相談に来て下さい」と。

 それはそうだ、顧客はSNSで囲い込むのだから、話し合う時間がたとえ長かろうと、お金なんて必要ないのだから。

 しかし、彼の目的は実はここに無かった。ウェディングというものには無かったのだ。

 そしてその事を、今はまだ誰も知らなかった。



 広島市内にあるホテルの地下駐車場に愛車を止めた渡は、脇目もふらずエレベーターで10Fへ。ホテルの商用エリアを間借りしたcommunのオフィスへ向かった。

 渡は会議室へ通されると、担当である沙里に切り出した。

「腕のいいスチール・カメラマンがほしい。無名のカメラマンをうちの宣伝力とあわせて一躍スターに仕立てあげたい。その代わり、初回の撮影料金は1組のカップルに対して10万円のみ。無論こちらの取り分はいらない。」

 渡は必要なことだけ話すとコーヒーに砂糖とミルクを入れ入念にかき回しながら、沙里を見つめ返答を待っていた。

「問題はないと思うんです……けど、それに見合う能力と、野心を持ったカメラマンがいるかどうか。ここは地方なわけですし……」

 渡は手を止めた。

「地方だからこそいるはずなんだ。東京に行出るチャンスがなかった者、出戻りのもの。素人でもいい、埋もれた人材がかならずいるはずだ。」

 沙里は前髪をかき上げるとすぐに反応した。

「広島に拠点を移されて、これが初の仕事なんですよ? これまで、東京で活躍されてきた余力が少なからずつづいてたかもしれません。でもこれからは、いわば未開の地というか、知らない街で仕事をはじめていくわけで、中央からスター候補を連れ帰るほうが無難なんじゃないかなぁと……」

 渡はコーヒーをゆっくりと飲み、空を見つめ、ため息を付いた

「未開の地で新しいことをはじめるのは当然の事。この街を熟知したスタッフが必要になる。だからこそ、東京から私は誰一人スタッフを連れて来なかった。広島本社と名乗りながら、実在は私のみ。後はあなたがただ。この街を知らないのは私達だけでいいんです。それだからこそ、私たちはこの街に期待できる。まだ見ぬ何かがあるんじゃないのかと、この街全体に期待できる。それこそが、未来を切り開く力になる。これはいわば、冒険です。」

 渡は立ち上がると会話を切り上げ立ち去りぎわに。

「あなたはこの街に夢を抱けませんか?」

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